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柳川ゆったり旅からの怒涛の城攻め~2023年熊本・福岡・佐賀1泊2日夏の城攻め一人旅!〈2日目〉~

福岡県

どうも、島左近です。

2023年7月29日(土)~30日(日)に行った熊本・福岡・佐賀の城攻め一人旅も2日目。
午前中は、柳川でゆったりと過ごす大人旅。
昼からは久留米に向かい久留米城を攻め、さらに佐賀城も攻め落とす。
ポケふた(ポケモンマンホール)も制覇。
さすがにこの日程はきつかった…。絶対に真似してはいけません。

1日目の熊本城攻めと柳川川下りはこちら↓
熊本城攻めと柳川の川下り~2023年熊本・福岡・佐賀1泊2日夏の城攻め一人旅!〈1日目〉~

旅のしおり

訪問日:2023年7月30日(日)

8:30 亀の井ホテル 柳川
★柳川城
★日吉神社
★北原白秋生家・記念館

★立花家史料館
★立花氏庭園

11:31 御花前
↓ 西鉄バス
11:42 西鉄柳川 
12:08
↓ 西鉄天神大牟田線特急・西鉄福岡行
12:25 西鉄久留米
★久留米らーめん道 麺志 本店
★久留米シティプラザ(マンホールカード)
★久留米城

★有馬記念館

15:06 久留米
↓ JR鹿児島本線・福間行
15:14 鳥栖
15:24
↓ JR長崎本線・江北行
15:58 佐賀
★佐賀バルーンミュージアム(マンホールカード)
★ポケふた(ポケモンマンホール)
★佐賀城
★佐賀の湯処 こもれび

19:37 佐賀
↓ JR特急リレーかもめ52号
20:12 博多
20:52
↓ 新幹線ひかり592号
23:18 新神戸

柳川散歩。ゆったり大人な旅

8:30 ホテルをチェックアウトし、午前中は柳川をゆったり散歩して観光。
あいにくの曇り空だが、そのおかげで歩くのが苦にならない。

北原白秋記念館は9時から。立花家史料館は10時からなので、まずは堀沿いに歩いていって柳川城に向かう。

8:48 ホテルから歩いて約20分。柳川城址に到着。完全に学校である。

柳川城について。
蒲池鑑盛(かまち あきもり)殿によって本格的な改築がなされたそうだ。
蒲池氏は1581年には龍造寺氏によって滅ぼされる。
1587年、太閤殿下による九州国分けによって立花宗茂(たちばなむねしげ)殿が入城。
1600年の関ケ原の戦いで西軍についた宗茂殿は改易となり、我が殿(石田三成様)を捕らえた功で田中吉政殿が入城。
吉政殿によって天守が建てられ、城下町を整備した。

残念ながら、柳城中学校と柳川高校に挟まれた道しか通ることはできない。
天守台は中学校の敷地内にあるため、一般人は立ち入り禁止である。

9:00 柳川城から北に10分、日吉神社に到着。
静かな神社。12月下旬~4月上旬までは巨大なお多福さんの口から参拝できるらしい。

静かな本殿。

!!

見ざる聞かざる言わざる。ちなみに境内には動物が飼育されている。

9:17 日吉神社から約6分。田中吉政殿と出会う。
伊吹山中で逃亡中の我が殿を捕らえたが、我が殿を手厚くもてなしたといわれている。

北原白秋氏の歌碑も近くにある。

9:40 吉政殿と出会った後、約20分かけて柳川のメイン観光地付近に戻り、北原白秋生家・記念館に到着。
入館料600円で復元された白秋氏の生家と記念館に入城。
詩人であり童謡作家の北原白秋氏。「雨降り」や「待ちぼうけ」の作詞をしていて、彼を知らない日本人はいないと思う。
結婚と離婚を何度か繰り返してることが特に印象的だった。

白秋生家/白秋資料館|北原白秋記念館 (hakushu.or.jp)

立花家史料館へ向かう途中、川下りをしている船を発見。良い絵が撮れた。

10:15 北原白秋記念館から立花家史料館までは歩いて5分ほど。
史料館と御花西洋館、庭園のセット入場券が1000円。

立花家史料館 Tachibana Museum (tachibana-museum.jp)

柳川藩主立花家の別邸として5代藩主の時代に移されたことが始まりで、「御花畠」と呼ばれ親しまれてきたらしい。
写真の庭園(松濤園)は、明治時代に立花家14代当主によって整えられたものである。
ちなみにこの御花は宿泊することができる。

柳川藩主立花邸 御花 (ohana.co.jp)

さて、この柳川立花家の礎を築かれた立花宗茂殿について。
1567年、豊後大友氏の家臣である高橋 紹運(たかはし じょううん)殿の長男として生まれる。
1581年、大友氏重臣の立花 道雪(たちばな どうせつ)殿に男児がいなかったことから養嗣子として迎えたいと希望され、道雪殿の娘の誾千代(ぎんちよ)殿と結婚して婿養子となる。
ちなみに誾千代殿は7歳のときに道雪殿から城主を譲られている。戦国時代の女性武将なのである。
1587年、太閤殿下による九州平定では先鋒として活躍。その功が認められ、柳川8万石を与えられ大名となった。
1600年、関ケ原の戦いでは西軍として大津城攻めに参加。
大津城攻めで足止めされたことにより、残念ながら関ケ原本戦には参加できず柳川に引き上げる。
黒田如水殿、加藤清正殿、鍋茂直茂殿が柳川を攻め、最終的には降伏開城し、結果的に立花家は改易となる。
1620年、江戸幕府から柳川10万9200石を与えられ、なんと西軍武将でありながら旧領に復帰を果たした唯一の大名となった。

ちなみにこうして二人一緒に並んでいるが、あまり仲良くなかったという説もあるそうだ…。

定番の自販機。宗茂殿の大河ドラマはたしかに見てみたい気がする。
西軍武将でありながら、旧領復帰、誾千代殿との生活など、多くのドラマがありそうだ。
昔読んだ、立花宗茂殿の歴史小説。面白かったのでご紹介。

バスの時間(11:31)まで時間があるので、もう少しゆったりぶらぶら過ごす。
段々晴れてきた。

川下りの船も増えてきた。ほとんどが外国人観光客。
御花前バス停から11:31の西鉄バスで西鉄柳川駅に向かう。

にしてつ時刻表 | 西鉄グループ (nishitetsu.jp)

久留米らーめんを食べて久留米城攻め

12:25 西鉄柳川駅から特急で17分、西鉄久留米駅に到着。
駅から歩いて約5分、久留米らーめん 道 麺志 本店に到着。

久留米らーめん道 麺志 本店(食べログ)

食券を買うタイプのお店。親切な店員さんがラーメンの説明をしてくれる。
お腹がすいていたので、おすすめセット(1100円)を購入。

まずはらーめん。美味しい。ニンニクたっぷりの豚骨ラーメン。
疲れた身体に沁みわたる美味さ。

そして、ダルム丼。ダルムは豚の腸のことを指すらしく、久留米の名物だそうだ。
これまた美味。すごい勢いで食べつくした。

久留米らーめん道 麺志 本店(食べログ)

すべてにおいて美味しかった。ごちそうさまでした。

久留米市のマンホール。筑後川と耳納連山、久留米ツツジが描かれている。

さっきのラーメン屋からJR久留米駅方面に歩いて10分、久留米シティプラザでマンホールカードを手に入れる。

13:43 ラーメン食べてから40分くらい歩いたのか?久留米城に到着。
炎天下の中40分歩くのはつらかった。これがこの旅1つ目のミス。

この立派な石垣を見て疲れ吹っ飛んだ。想像以上の城である。

かなりワクワク。本丸に攻め入る。

本丸御殿跡には有馬豊氏殿など歴代藩主が祀られている篠山神社が建っている。
社務所で続100名城スタンプを押し、そのまま境内にある有馬記念館に210円払って入館。

有馬記念館 (arimakinenkan.or.jp)

久留米城と有馬氏について。
1587年、太閤殿下による九州平定により毛利秀包殿が久留米城を修築。
1600年、関ケ原の戦いでは秀包殿は西軍についたため改易。
柳川の城主となった田中吉政殿の支城となるも、田中家が断絶すると有馬豊氏殿が入城。
大規模な改修を行い、有馬家は11代にわたって江戸時代の終わりまでこの地を治めた。

これは有馬記念館で初めて知ったのだが、競馬の有馬記念は15代当主有馬 頼寧(ありま よりやす)氏によって創設されたらしい。
だから有馬記念なのか。ふむふむ。

有馬記念館で十分涼んだ後は城内を散策。城のすぐ向こうは筑後川が流れている。
奥の宝満川が筑後川に合流する高台に城が築かれていることがわかる。

月見櫓の石垣。これは立派。

反対方向からみた月見櫓の石垣。車と比べるとかなり高く積み上げられていることがよくわかる。

ぐるっと周っていき、河川敷にたどり着く。
城の北西側を流れる筑後川である。この広い川を越えて攻めるのは難しいだろう。

来た道を戻り、巽櫓の石垣。
層塔型の三重櫓があったそうで、平面規模は宇和島城や丸亀城天守より大きかったらしい。

坤櫓と太鼓櫓の石垣。本当に立派な石垣。建物こそ今はないが、石垣だけでも見どころ満載である。
結局1時間くらいかけてたっぷりと城攻め。大満足。

14:40 久留米城を後にし、今度はJR久留米駅に向かう。
カラーじゃないマンホール。デザインは同じ。

ブリヂストン通り。右側の建物は巨大なブリヂストンの工場である。

そういえば、中学校の時の社会の先生が「ブリヂストンは創業者の石橋さん(石=ストーン、橋=ブリッジ)が由来やねん」って言ってはったなぁ。
なんて思い出しながら、ブリヂストン工場を通り過ぎる。

15:00 久留米城から歩いて約20分でJR久留米駅に到着。
湯気になるという斬新な顔出しパネル。

15:06 電車に乗り込み、今度は佐賀を目指す。

佐賀城攻めとポケふた巡り

15:58 久留米から途中鳥栖で乗り換えて52分、佐賀駅に到着。
佐賀城までは遠いので、レンタサイクルを借りる。
スマホでHELLO CYCLINGのアプリを入れてレンタルできる。
各観光スポット周辺に返却場所があるため、観光している間はいったん返却することも可能である。
ちなみに15分100円である。こりゃ便利。

【レンタサイクル】BALLOONERS CYCLE (HELLO CYCLING)佐賀市ステーション(14箇所) |どがんしたと? |佐賀トラベルサポート (saga-travelsupport.com)

たまたま通りかかった駅前まちかど広場。
大量の偉人と出会う。

佐賀藩出身の大隈重信氏もいる。

あまり時間がないのでとりあえず撮影会。

肥前佐賀藩10代藩主鍋島直正氏もこんなところに。
夜な夜な動き回ってそうな場所である。

ドット絵のマンホール。佐賀市内にはこの手のマンホールが7枚設置されているらしい。

とりあえず15分ギリギリでバルーンミュージアムに到着。
面白そうだったが、時間がないのでマンホールカードだけもらう。
この写真はバルーンミュージアムからは離れた場所で撮影したもの。

佐賀バルーンミュージアム (sagabai.com)

ロマンシング サ・ガというゲームが出ているらしい。サガシリーズと佐賀市の連携プロジェクトとして設置されたマンホールらしい。
ちょっとゲームは面白そう。

ロマンシング サ・ガ – Wikipedia

バルーンミュージアムで自転車を返却し、ここからは歩いて佐賀城を目指す。
ポケふた巡り1つ目。ニャースのマンホール。

1つ目のポケふたから歩いて5分くらい。
2つ目のポケふた。ガラルニャースが描かれている。
ガラルとかアローラとか実はよく知らない。

16:35 佐賀城に到着。急に広がる城にテンション再び爆上がり。 

佐賀城は、龍造寺氏によって築かれた城を拡張し、鍋島家によって築かれた。
龍造寺隆信殿の補佐役であった鍋島直茂殿が、隆信殿の死後着々と力をつけ主家にとって代わったそうだ。
ただ直茂殿に龍造寺家を乗っ取るという野心があったのかは謎である。

四重五階の天守が建てられていた天守台と、奥に見えるのは鯱の門。
鯱の門は1836年(天保7年)に建立された本丸の門である。

西門から攻め入る。

西門右手側の石垣。青空と芝とのコントラストが美しい。

石垣に生えた植物がハート形に刈られていた。

2004年に復元された本丸御殿。もちろん中に忍び入る。
ちなみに入館料は無料という驚き設定。

佐賀県立 佐賀城本丸歴史館 (saga-museum.jp)

佐賀藩10代藩主の鍋島直正殿。
歳出を減らしたり、優秀な人材を育成、登用するなど数々の藩政改革を行った偉大な人物である。
また、天然痘のワクチンを国外から取り寄せ、全国に普及するきっかけをつくったのもこの人物である。

撮影できるテレビがあったので、人がいないのを見計らって撮影してみた。遠近法ミス。

アームストロング砲が飾られていた。どうやら佐賀藩でも製造していたらしい。

帰りは鯱の門から出る。門には1874年(明治7年)の佐賀の乱による銃弾跡もある。

駐車場の近くで鍋島直正殿と会うことができる。
佐賀城前から再びレンタサイクルを借り、大隈重信記念館の前のポケふたを撮影し、佐賀駅に向かう。

3つ目のポケふた。今度はアローラニャースが描かれている。
このポケふたは、佐賀城から700mほど東にある大隈重信記念館の前に設置されている。
ポケふたにも熱気球が描かれているが、これは佐賀で「佐賀インターナショナルバルーンフェスタ」というものが開催されているからみたいだ。
その歴史は1980年からとかなり長い。タイミングが合えばぜひ見てみたい。

佐賀バルーンフェスタの歴史|佐賀インターナショナルバルーンフェスタ (sibf.jp)

佐賀市のマンホール。有明海のムツゴロウが描かれている。

レンタサイクル返却後、風呂に入りたくなったので、佐賀駅から1.6km離れた温泉に徒歩で向かう。
結局帰り道も汗だくになったのでこの選択はかなり失敗だったが、帰り道のファミチキと缶ビールの味は忘れられない。
温泉そのものは最高であった。

源泉掛け流し温泉 佐賀の湯処 こもれび (komorebi.spa)

19:37 佐賀駅からJR特急リレーかもめ52号に乗って博多に向かう。
今回やむなくネット予約をして特急に乗ったのだが、なぜか普通乗車券とほとんど変わらない値段で乗車できた。
からくりは不明だが、JR九州のネット予約はかなりお得だということを伝えておく!

窓口より早い!窓口より安い!JR九州ネット予約|JR九州 (jrkyushu.co.jp)

帰りは新幹線。駅で残り数個の駅弁をゲットし、新幹線でいただく。
贅沢かしわめし弁当。

ちょっと寄り弁。美味しかった。

《完》

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