どうも、島左近です。
バスと電車を利用して世界遺産熊野古道を歩いた1泊2日旅を紹介。
2022年11月29日~30日の旅と少し古い話ではあるが、うまく熊野三山を巡ることができたので、これから参拝しようと考えている方に向けて記録を残しておこうと思う。
1日目は、特急くろしおで約4時間かけて那智勝浦まで行き、そこからはバスで大門坂へ。
大門坂を約1時間歩き、その先の熊野那智大社、那智山青岸渡寺、飛龍神社を参拝。
日本三名瀑の那智の滝を地質とともにご紹介。
夜は新宮で美味い酒とマグロを堪能。
熊野古道について
熊野古道とは、熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)へと通じる参詣道の総称。
紀伊路、小辺路、中辺路、大辺路、伊勢路、大峯奥駈道といった6つのルートがある。

上の図はおおよそのルートを地図上に示したもので、多少のズレはお許しいただきたい。
今回は、熊野本宮大社、熊野那智大社、熊野速玉大社の熊野三山を参詣することが第一の目的。
バスと電車を活用した熊野古道のイイ所歩き旅となっております。
今回は、熊野御坊南海バスの悠遊フリー乗車券を使用。
1日乗車券(3000円)、2日乗車券(3500円)、3日乗車券(4000円)の3種類あるが、今回は2日券を購入。
本宮大社に行くので、往復するだけでも元が取れるくらいであり、使い勝手の良い乗車券である。
熊野古道を歩く際はこちらの本が便利(この旅もこの本に沿って歩きました)↓
旅のしおり
訪問日:2022年11月29日(火)
7:35 新大阪
↓ JR特急くろしお1号・新宮行
11:40 紀伊勝浦
11:50
↓ 熊野御坊南海バス31那智山線(430円)
12:09 大門坂バス停
★大門坂
↓ 徒歩・熊野古道中辺路 約1.3km
13:15~15:44
★熊野那智大社
★那智山青岸渡寺
★飛龍神社(那智の滝)
15:44 那智の滝前バス停
↓ 熊野御坊南海バス31那智山線(510円)
15:59 那智駅
16:08
↓ 熊野御坊南海バス17新勝線(570円)
16:39 新宮駅
★和食割烹 きのした
【本日の宿】
ホテルニューパレス <和歌山県>(楽天トラベル)新大阪から特急くろしおで4時間、紀伊勝浦駅からバスで大門坂へ

7:35
特急くろしおに乗り込み、新大阪駅を出発。
朝から牛たん弁当を食べて歩き旅に備える。

美味い。すぐにたいらげてしまった。

この日はあいにくの曇り空。天気予報は珍しく雨予報。
紀勢本線は海にかなり近いところを走ってくれるので、眺めも抜群。

今のところ雨は降ってないが、海は荒れ模様。

11:40
新大阪駅から特急で約4時間かけて紀伊勝浦駅に到着(遠かったな…)。
なんとか雨は降っておらず一安心。
駅前のバス乗り場で悠遊フリー乗車券を購入し、11:50のバスで大門坂に向かう。

12:09
大門坂バス停に到着。ここから約1.3kmの道のりを歩いて熊野那智大社を目指す。
神武東征の際、熊野から大和へ入る山中を導くため遣わされた烏といわれる「八咫烏(やたがらす)」がお出迎え。
日本サッカー協会のシンボルとしても使われている。

バス停から5分程度歩くと石碑と出会う。

熊野古道は、2004年7月に「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部としてユネスコの世界遺産に登録されている。
大門坂から熊野那智大社まで熊野古道を歩く

12:19
那智の聖域と俗界を分けるといわれる振ヶ瀬橋(ふりがせばし)に到着。
この橋を渡るといよいよ聖域に入ることになる。

大門坂茶屋があり、ここでは平安衣装体験ができるらしい。
その近くに鏡石がある。那智の七石、祈り石と書かれている。

推定樹齢800年の夫婦杉が迎えてくれる。
石畳が良い雰囲気を出している。

もう3年前になるのか…。

実に立派な夫婦杉の間を通り、ここからは杉林(前半は竹林)に囲まれた坂を歩くことになる。

12:26
5分ほど登ると多富気王子に到着。
熊野古道の紀伊路から中辺路には、熊野九十九王子という熊野権現の御子神を祀る拝所がかつて存在していたのである。
熊野参詣の際、往路で宗教儀礼が行われた場である。
少なくとも11世紀には存在していたそうだが、時代とともに王子社は衰退し、現在では小さな祠や石碑として残っている所がほとんどである。

木の根っこと石畳が良い雰囲気を出している。
雨の平日だからだろうか、人はほとんどいなくて大門坂を独り占めできている。

神聖な空気が気持ち良い。

雨は降っているが、木々の傘のおかげで問題なし。
ひたすら石畳の階段を登っていく。

本当に雰囲気が良い。

十一文関跡。昔は通行税をこの場所でとっていたらしい。

13:04
杉林の中を45分程度歩くとお店が並ぶ参道に到着。

やっと人が写真に映りこんだ。
超パワースポット!熊野那智大社へ

13:15
ついに熊野那智大社に到着。
2012年3月以来の参詣。実に10年ぶり。

雨に濡れる寒桜かな。

長い階段を登る。

標高約350mに建ち並ぶ社殿。写真は礼殿。
ちょうど到着すると大雨が降ってきた。

神武天皇が東征の際、那智の海岸から那智山に光が輝くのを見て、滝を探り当て、神として祀ったのがはじまり。
のちに仁徳天皇5年(317年)に現在地に社殿を建て、神々を遷したと伝えられている。
右手に見える大木は、胎内くぐりができる大樟である。

パワーが満ち溢れている樹齢850年の樹高27m、幹回り約8.5mの大樟。
平重盛公の御手植だそうだ。
護摩木や絵馬に願い事を書き胎内くぐりをすると願い事が叶うのである(実際に叶った!)。
大学生の時、「彼女ができますように!」と安易なお願い事をしたら、その4、5ヶ月後に本当にできたのだから。
10年ぶりの御礼参りである。
その節はありがとうございました。
今回のお願い事は、「毎日健康に過ごせますように!」。
那智山青岸渡寺の三重塔と那智の滝

こちらは那智山青岸渡寺。西国三十三所観音霊場第一番札所のお寺。
那智大滝から出現したとされる観音像を祀る庵が始まりとされる。
現在の建物は、天正18年(1590年)に太閤殿下の命により豊臣秀長様によって再建されたものらしい。

あの平清盛公も何度も熊野に参詣されている。
清盛公が異例の出世を遂げたのは、熊野権現のご利益によるものであると平家物語では語られている。
ちなみに、平安時代末期の1160年、清盛公が熊野詣の途中に京都で起こったのが平治の乱である。
平治の乱に勝利した清盛公は、その後武士として初めて太政大臣に任命されることとなる。

青岸渡寺をお参りし、その後三重塔の中に入る。
三重塔からは那智の滝が見えるはずだが…あいにくの霧でぼんやりとしか見えず。

かなり粘ったのだろうか。
雨が止むのを待ってこんなにはっきりとした写真を撮影できた。

よくある構図だが、この写真を撮りたかったのである。
霧が晴れた瞬間に撮影。
いやぁ、実に美しい。

横バージョンも。

もう一枚。晴れていたらさらに美しいだろう。
しかし、雨で霞がかった写真もなかなか趣があって良い。
約1500万年前の火山活動が生み出した日本三名瀑・那智の滝

14:50
青岸渡寺の三重塔から歩いて約10分、飛瀧神社(ひろうじんじゃ)に到着。
飛瀧神社では、瀧そのものをこの地に大己貴神(おおなむちのかみ)が現れた御神体としてお祀りしている。
これはかなりのパワースポット。水しぶきを浴びてパワーをいただく。

那智の滝は、落差133m、滝壺の深さは10m、落下する水量は毎秒1トンで、日本三名瀑(他、華厳の滝(栃木県)、袋田の滝(茨城県))のひとつである。
那智の滝の岩盤は、花崗斑岩(花崗岩と同じ化学組成と鉱物の種類や量比をもつが、大きな結晶とその周りのそれほど粒の大きくない結晶がはっきり区別される岩石)からなり、柱状節理もみられる。
つまり、この滝も華厳の滝と同様に火山活動が生み出したものなのである。
日本三名瀑・華厳の滝の記事はこちら☟

さて、せっかくなので少し地質の話。
那智の滝は、ちょうどこの硬い花崗斑岩(「熊野酸性岩類」と呼ばれている)と柔らかい堆積岩との境界に位置している。
柔らかい堆積岩は侵食される一方、硬い花崗斑岩は残ることで那智の滝ができたのである。

美しい那智の滝。
滝壺付近に落ちている四角い岩は、柱状節理が崩れたものだと思われる。

上の図は、那智の滝の壁面を構成する花崗斑岩(熊野酸性岩類)と同時期の約1400~1600万年前に活動したと推測される火成岩の分布図である。
図に示しているように、紀伊半島南部にはカルデラの痕跡(コールドロン)も複数確認されている。
驚くべきことに、紀伊半島にはこのように大規模な火山活動の痕跡が多くみられるのである。
なぜ、約1400~1600万年前のこの時期にこんな場所で火山活動が起きたのか?
ちょっとこれを詳しく話し出すと長くなりすぎるので簡潔に(単に勉強不足なだけです。ごめんなさい。)
この理由は、日本海の形成と日本列島の回転移動が関連しているといわれている。
①かつての日本はユーラシア大陸の一部であった。
②約3000万年前の背弧拡大(沈み込み帯における火山弧の内陸側のプレートが割れて広がり、新たな海底が生産される現象)により日本海が形成される。
③日本海が形成されることで、約1500年前頃には、西南日本は時計回りに、東北日本は反時計回りに回転移動することで大陸から離れた。
④回転移動した西南日本の下に、ちょうどできたて熱々のプレートが沈みこむことによって紀伊半島付近での大規模な火山活動を引き起こした。
ざっくりと説明するとこんな感じである。
詳しくはまた、別ページをつくってじっくり解説する予定である。
[参考文献]
岩野英樹, et al. ジルコンのフィッション・トラック年代と特徴からみた室生火砕流堆積物と熊野酸性岩類の同時性と類似性. 地質学雑誌, 2007, 113.7: 326-339.
川上裕; 星博幸. 火山-深成複合岩体にみられる環状岩脈とシート状貫入岩: 紀伊半島, 尾鷲-熊野地域の熊野酸性火成岩類の地質. 地質学雑誌, 2007, 113.7: 296-309.
MIURA, Daisuke. Arcuate pyroclastic conduits, ring faults, and coherent floor at Kumano caldera, southwest Honshu, Japan. Journal of Volcanology and Geothermal Research, 1999, 92.3-4: 271-294.
西岡芳晴. 名張地域の地質. 地域地質研究報告 (5 万分の 1 地質図幅), 1998, 72.
佐藤隆春, et al. 大峯・大台コールドロン-紀伊山地中央部にみられる弧状および半円形の断層・岩脈群と陥没構造. 地球科学, 2006, 60.5: 403-413.
佐藤隆春. 紀伊半島中新世火山岩類の時空分布と全岩化学組成. 2024. PhD Thesis. Osaka Museum of Natural History.
新正裕尚, et al. 紀伊半島中新世珪長質火成岩類の全岩組成の広域的変化. 地質学雑誌, 2007, 113.7: 310-325.
産総研地質調査総合センター,20万分の1日本シームレス地質図V2(https://gbank.gsj.jp/seamless/)
新宮で美味しいご飯と美味しいお酒を楽しむ

15:44
那智の滝から強いエネルギーをいただいて帰路に着く。
飛瀧神社から歩いてすぐの、那智の滝バス停からバスで新宮駅に向かう。
途中、JR那智駅でバスを乗り換えて、16:30にはJR新宮駅に到着。
その後ホテルに向かい、風呂に入ってから食事をしに行く。

18:00
ホテルからすぐの和食割烹きのしたに入店。
予約はしていなかったが、平日だからかラッキーなことにカウンター席に座ることができた。

勝浦産の生マグロは最高に美味!

カレー春巻きも美味しかったし、日本酒も豊富。
なぜか卵スープとえびグラタンをサービスしてもらった。
おそらく地元でも人気のお店で、絶対に行くなら予約必須である。
新宮に行ったらもう一度訪れたい名店である。
ごちそうさまでした。

帰り道に見つけた自動販売機でミカンを買って、オークワによってビールとつまみを購入。
再び風呂に入って、明日の中辺路を歩く旅に備える。
【本日の宿】
ホテルニューパレス <和歌山県>(楽天トラベル)〈2日目につづく〉
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